2023年1月– date –
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陽明学の祖 中江藤樹の『孝』、行動する思想家 熊沢蕃山の『借学(蕃山学)』
近頃は、町中にも餃子の無人販売機がある。「金を払わずに餃子を持ち逃げした」というニュースがたまに流れると、『本当に、日本人の仕業か?』と思うのは、私だけではないだろう。日本人は、誰も見ていなくとも、人の物をちょろまかすことなどしない。そんなことをしたら、『心に恥を感じてしまう。』それが日本民族。さて、この無人販売を始めたのは、近江聖人中江藤樹先生。先生は、『心を磨くことの大切さ』を説いた陽明学の祖。 -
災害時でも列を崩さない日本人の精神|林羅山の朱子学が起源だった!
皆さん、こんにちは! 今日は、日本人の素晴らしい特性について、ちょっと深掘りしてみたいと思います。 東日本大震災の時、避難所で整然と列を作って順番を待つ日本人の姿が、世界中で話題になったのを覚えていますか? 海外メディアは「信じられない... -
鎌倉初期の革命家・道元 〜現代に生きる「自力救済」の教え〜
鎌倉初期、『日本を創った思想家』を三人に絞るとすれば、『空海・親鸞・道元』であろう。道元は、「自分の教えは、民衆に受け入れられる必要はない。ごく少ない人数でよい。お釈迦様のなさった修行を、自らも行いたいという志をもった者だけが、修行を通して自力で自らを救う。」と、他力救済を説く親鸞とは、真逆の『自力救済思想』を示した。 -
史上最も革命的な恋愛!?親鸞聖人が命をかけた「世界初の僧侶結婚」
『比叡山や興福寺のみならず、世間の人々が、あなたの敵になるでしょう。それでも、結婚する覚悟はあるか?』法然は静かに言う。『それで、お師匠様が教えてくださった真実の仏教が、世に明らかになるならば、私はやります。』親鸞31歳、日本で初めて僧侶でありながら公然と結婚をし、肉食を実行した僧侶であった。 -
日本を創った思想家 『法然上人』の新しい仏教解釈
男は、宿敵明石定明に襲われ、深い傷を負った。男の名は、漆間時国(うるまときくに)。死が目前に迫る時国の前に、9歳になる息子「勢至丸(せいしまる)」が涙ながらに,けなげに宣言する。『父上、敵は必ず私が討ち果たします。』息子の言葉がうれしくはあった。しかし、時国は、苦しい息で息子を諭す。『敵討ちなど考えるでない。敵を憎んではならない。父の遺言通り、勢至丸はその後出世し、日本仏教史・思想史に残る宗派を生み出す。 法然上人である。 -
『藤原定家とは どんな人か』 を知るための 5つのポイント
藤原定家と後鳥羽上皇が繰り広げた作歌論争は、現代も議論が続いている。背景がわかった時に、「アハ感覚を味わう」定家の歌、めんどくさいけど面白い。 -
鴨長明は貧乏を楽しむ『優雅な生活』の中で、『方丈記』を書き上げた
鴨長明の草庵住まいは、今で言えば、キャンピングカー住まいのような感覚だったのではないか。貧乏を楽しむ「優雅な生活」。長明は、新たな日本文化・新たな和魂を築いたのでは。 -
鴨長明の「方丈記」は、なぜ片仮名主体の和漢混淆(交)文で書かれたのか
紀貫之は、「男もすなる日記」と、あたかも自分が女のように「仮名文字」で土佐日記(935年ごろ)を書いた。仮名文字は女性の文字だったのだ。それから約300年後の1212年、「鎌倉殿の13人」の頃、鴨長明は、片仮名主体の漢字混じり文で「方丈記」を書い... -
仮名文字文学「土佐日記」「源氏物語」「枕草子」によって、日本の日本らしいものの考え方が深まった
中学校の社会科で、源氏物語や枕草子は、どのように指導されることが想定されているか。最終到達点は、『国際的な要素をもった文化が栄え、後に文化の国風化が進んだことを理解している。」と言う状態を目指す。 -
『自利利他』、日本の心を生み出した『空海』
天才といわれる人でも、ゼロから創造する人は少ない。日本人は、『真似から独自のモノを生み出す』能力に長けている。しかも、元のモノを遙かに越える日本的な『文化』として完成させる。仏教界・思想界の大天才『空海』も、その一人。空海は、インド密教と中国密教から、日本独自の「日本密教」、そして『自利利他』という日本の魂を生み出した。
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