2023年– date –
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歴史雑感
藤原鎌足の生誕地:藤原氏一氏独裁の基を築いた鎌足の故郷は、常陸鹿島?
藤原鎌足の生誕地について大きく二説がある。一つは、大和国高市郡大原説。もう一つは、常陸国鹿島説。有力説は大和出身説だが、古来より鹿島説も根強い。鹿島は、鉄の産地でもあり、武力に優れるもののふの地でもある。この記事では、鹿島を鎌足生誕の地とする根拠を解き明かす。 -
江戸時代・徳川
徳川家光(竹千代)ってどんな人:【三代将軍、家光の評価】
「生まれながらの将軍」家光は、幕藩体制の基礎を築いた将軍として知られる。この3代将軍家光を評価し、通信簿を付けるとするとどうなるだろうか。 -
江戸時代・徳川
徳川秀忠てどんな人、【二代将軍秀忠の評価】
徳川秀忠の業績を探る、日本史の旅に出かけましょう。将軍として権力を握り、武士の時代に多大な影響を与えた彼の名声と歴史的意義にまつわる謎を解き明かすのが、この探検の目的です。徳川秀忠の評価と日本史への貢献の謎を解き明かし、彼の評価とその意... -
江戸時代・徳川
【初代将軍『家康』の評価】:他の戦国武将に比べて人気が低い理由
徳川家康という名前は、日本の統一と徳川幕府誕生の代名詞です。彼は、日本の歴史、文化、社会を形成する遺産を持つ、日本で最も影響力のある指導者の一人と考えられています。家康のリーダーシップは、その軍事的戦術から政治的才能に至るまで、何世代に... -
神社仏閣
天孫族タケミカヅチを祀る鹿島神宮が、なぜ常陸(現茨城県)にあるのか
鹿島神宮は常陸の国の一宮。祭神はタケミカヅチ。下総国の一宮香取神宮とセットで霞ヶ浦を挟んで祀られている。香取の祭神はフツヌシ。タケミカヅチと同様天孫系の武神。大和から遠く離れた関東に、なぜ両神宮社が祀られているのか。 -
水戸学
水戸学三大特筆・南朝正統論の真実|茨城の楠木神社が語る歴史
水戸学の三大特筆としてあげられる歴史上の難問は、「神功皇后に関する評価問題」、「大友皇子に関する評価問題」、そして、「南北朝正閏論(南朝と北朝どちらを正統とするか)」という三つの難問です。水戸学は、「南北朝正閏論」で「南朝を正統」としているという特筆があります。茨城には、京から遠く離れているにもかかわらず、楠木正成公を祀る「楠木神社」があります。このブログでは、南朝正統論と茨城の楠木神社の関わりについて、述べます。 -
戦国時代
岐阜城の見所:岐阜城観光の前に押さえておきたい歴史背景と観光スポット
岐阜城を見学する前に押さえておきたい歴史的背景と観光スポット ・岐阜城の原型を創ったのは鎌倉殿の13人の一人二階堂行政。最後の城主は、清洲会議で秀吉の肩に担がれていた三法師・織田秀信だった、などの歴史的背景、岐阜城に来るまで行くときの駐車場、おいしいスイーツを食べられる場所、などを知ることができる。 -
神社仏閣
コノハナサクヤヒメが「浅間神社」に祀られるようになったのはなぜか
コノハナサクヤビメは、桜のような美の女神。この神は「美」とともに「はかなさ」の象徴でもある。この神が、なぜ富士山麓に多い浅間神社に祀られることになったのか。そのわけは、この神がニニギとの子を産むときの出産状況と、山の神である父神との関わりにある。また、なぜ「浅間神社」は「あさま神社」ではなく「センゲン神社」と読むのか、それらの謎に迫る。 -
神社仏閣
総数8万と言われる「神社」、古代の延喜式神名帳に載る「神社総数」は、何社だったか
現在総数、約8万と言われる神社。神社本庁が管理していない個人や企業の敷地内にある神社まで数に入れると約20万にもなると言われる。では古代はどうだったのだろうか。古代の神社について記されている延喜式神名帳という史料がある。 -
神社仏閣
意外と知らない日本の神社の謎と、太古の神々
伊勢神宮は、皇祖神のアマテラスを祀りながら、「なぜ歴代天皇は、明治時代になるまで伊勢神宮を参詣することがなかったのか」、「出雲大社に伝わる巨大な本殿は、本当に実在したのか」、「大神神社のご神体である三輪山には何があるのか」、「宗像大社が鎮座する隠岐の島で行われている謎の祭祀とはどのようなものか」また、「神社」に祀られる神々の中には、かつては荒ぶる神だった例もある。