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「日本」が「日本」という国号になったのは いつからか
日本が日本になったのはいつか。荒く言って6説ある。① 推古朝説(601~607年ごろ)② 孝徳朝説(大化の改新645年ごろ(③ 斉明朝説(659年ごろ) ④ 天智朝説(670年ごろ)⑤ 7世紀後半説(670年~702年の間)⑥ 8世紀初頭説 ア)文武朝説(702年ごろ)イ)元明朝説(712~720年ごろ) 私個人は、7世紀後半説で天武・持統朝の680年から690年代と考える。 -
本能寺の変:なぜ裏切った!光秀の後ろには黒幕がいた説
本能寺での信長の死は、光秀にとって想定外。本能寺には黒幕がいた。その黒幕とは?! -
伊勢神宮を参拝し、神宮の謎に迫るための「見所5選」
日本人のこころの故郷「伊勢神宮」。 神宮を参拝する際、そして神宮の謎に迫るための「見所5選」を紹介。 -
『伊勢神宮は、神仏習合の影響を受けなかったのか』『伊勢神宮の参拝はなぜ【外宮先参り】なのか』
「日本人として知っておきたい 」伊勢神宮は、神仏習合の影響を受けたか。伊勢神宮 は、古代から今の姿のままか。外宮先参りは、正しいか。 -
持統天皇が【歴大遷宮】を止め、永代の都「藤原宮」を造営し、伊勢神宮の【式年遷宮】を始めたのは、なぜか
伊勢神宮の式年遷宮を始めたのは持統天皇「どうして式年遷宮を始めたのか。」それまで天皇が代替わりするごとに都を変えていたのを止め、永代の都の造営を始めたのは持統天皇「どうして永代の都の造営を始めたのか。」明治天皇が伊勢神宮を参拝するまで一人も参拝しなかった伊勢神宮をたった一人参拝した持統天皇「どうして持統天皇は伊勢神宮を参拝したのか。」 これらの政策は、持統天皇の優れた政治力による。 -
皇祖神のアマテラス大御神を宮中にお祀りせずに、なぜ伊勢まで参拝にお出かけになるのか
伊勢神宮は、なぜ皇居から遠いところにあるのか。古代・中世・近世を通じて、伊勢を参拝した天皇が、たった一人だけだったのはなぜか。 -
【金ヶ崎崩れ】 「家康に知らせずに逃げてしまった信長?」どうする家康
金ヶ崎崩れの一説に「危機を察した信長は、家康に知らせずに撤退を始めた」という説もある。どちらにしても「金ヶ崎崩れ」は、信長・家康にとって大きな危機だった。さて、この危機を二人は、どう乗り切ったのか。 -
【増殖する神『稲荷神』】 伏見稲荷の千本鳥居 誕生の秘密❕
稲荷信仰、とりわけ伏見稲荷は、空海の真言密教の「現世利益信仰」、「習合」と「本地垂迹」との関わりが深い.そして、伏見稲荷の千本鳥居は、どうやってできた❓ -
淡海乃海「三英傑に嫌われた不運な男 朽木元綱」ではなく「すごく幸運な男 朽木基綱」の生涯を描く
「淡海乃海」は史実では名を残す武将とはなれなかった、朽木元綱を主人公とした『転生モノ』のライトノベル。異世界転生モノは多いが、時代劇風にアレンジされた作品は少ない。転生モノ好き、歴史モノ好きの方にお勧め。 -
【祟り神だった天神様】が 日本で3番目に多く祀られる 善神になったのはなぜ
『東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春な忘れそ』飛梅伝説で有名な天神様は祟り神だった。しかし、いつの間にか「学問の神」で、「習字の神」で「人を助ける神」で、「農業の神」となる。天神はなぜ「祟り神」となり、いつから「善神」となったのか。