こんにちは、なおじです。
「本居宣長が何をした人か、知っていますか?」
江戸時代、医師として働きながら35年をかけて日本最古の歴史書を読み解いた国学者です。
この記事では、古事記伝の内容・もののあはれの意味・何文化の人物かまで、元社会科教師なおじが検証します。

この記事でわかること
- 本居宣長が何をした人かひと言でわかる
- 古事記伝とは何か・誰が書いたか・何文化の作品か
- もののあはれの意味をわかりやすく確認できる
- 本居宣長の読み方・何時代・代表作がひとめでわかる
- 現代に通じる本居宣長の思想と功績
本居宣長とは何をした人か・プロフィールを確認する

読み方と基本プロフィール一覧
本居宣長(もとおりのりなが)は、江戸時代中期〜後期に活躍した国学者・文学者です。
医師として生計を立てながら、日本古典文学と神道の研究に生涯を捧げました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方 | もとおり のりなが |
| 生没年 | 1730年〜1801年 |
| 出身地 | 伊勢国松坂(現・三重県松阪市) |
| 職業 | 医師・国学者 |
| 代表作 | 『古事記伝』全44巻・『玉勝間』など |
| 師 | 賀茂真淵 |
ひと言で言えば、「江戸時代に日本古典の研究を大成し、日本人の精神性を明らかにした国学者」です。
本居宣長は何時代・何文化の人物か
本居宣長が活躍したのは江戸時代(中期〜後期)です。
文化史では、11代将軍・徳川家斉の時代を中心とする化政文化の代表的人物として位置づけられています。
📌 よく混同される点
元禄文化(5代将軍・綱吉の時代)ではありません。
本居宣長は化政文化の国学者です。
化政文化は江戸を中心に庶民文化が花開いた時代で、国学・蘭学・浮世絵などが発展しました。
その中で宣長は、「日本古来の文化・精神性の復興」を学問として体系化した人物です。
本居宣長の生涯——医師から国学者への転換点

生い立ちと京都遊学が礎になった
本居宣長は1730年(享保15年)、伊勢国松坂(現・三重県松阪市)に生まれました。
幼少期から読書を好み、古典文学に親しみましたが、商売には向かず、母の勧めで医師の道を志します。
そして23歳で京都に遊学し、医学や儒学を学ぶ一方、『源氏物語』や『万葉集』への関心をいっそう深めました。
この京都遊学が、後の古典研究の礎となっています。
賀茂真淵との一夜が35年の仕事を生んだ
1763年(宝暦13年)、34歳のとき、賀茂真淵と松坂で一夜の邂逅を果たします。
これが「松坂の一夜」と呼ばれる有名な出会いです。
なおじは社会科の授業でこの場面を取り上げると、生徒たちは必ずざわめきました。
「たった一夜の出会いが、35年の仕事につながった」という事実が、10代の心にもリアルに刺さるのです。
真淵の薫陶を受けた宣長は、『古事記』の研究・注釈に全力を注ぐことを決意しました。
そして医業を営みながら夜ごと筆をとり続け、35年の歳月をかけて『古事記伝』全44巻を完成させます。
👉 関連記事:国学の四大人の一人『賀茂真淵』の国学とは、そして復古神道とは
本居宣長の代表作『古事記伝』とは何か

古事記伝を完成させた人と執筆経緯
『古事記伝』を書いた人・完成させた人は、本居宣長です。
1764年ごろ(明和元年)から執筆を開始し、1798年(寛政10年)に全44巻が完成しました。
日本最古の歴史書『古事記』に詳細な注釈を施した、日本学問史上初の本格的な注釈書です。
古事記伝は何時代・何文化の代表作か
『古事記伝』は江戸時代後期に完成した作品で、文化史では化政文化を代表する学問的著作の一つです。
📌 整理ポイント
・書いた人:本居宣長
・完成した時代:江戸時代後期(1798年)
・属する文化:化政文化
・規模:全44巻
古事記伝の具体的な内容——何が書かれているか
古事記伝は、『古事記』の上巻・中巻・下巻を緻密に分析した注釈書です。
上巻では天地開闢(てんちかいびゃく)・神代の物語を、中巻では神武天皇から仲哀天皇までを、下巻では仁徳天皇以降を扱っています。
宣長は古語の語源・音韻・文法まで独自の手法で分析し、それまで誰も成し得なかった体系的な解釈を打ち立てました。
単なる歴史書の注釈にとどまらず、「日本語そのものの研究書」としての側面も持っています。
たとえば、宣長は漢字の音を丁寧に検証しながら、古事記の本来の読み方を復元しようとしました。そのアプローチは現代の文献学にも通じる水準のものです。
漢意の排除と「真心」の思想
『古事記伝』の核心は、**「漢意(からごころ)の排除」**にあります。
宣長は、中国思想(儒教・仏教)が日本古来の価値観を覆い隠してきたと主張しました。
そして、日本人が本来持っている純粋な心——**「真心(まごころ)」**を取り戻すことが学問の目的だと説きました。
また、この思想は幕末から明治期の国学運動・国家神道にも多大な影響を与えることになります。
もののあはれとは?意味をひと言で確認する

もののあはれの意味をひと言で言うと
「あはれ」の語源について、宣長自身が『源氏物語玉の小櫛』の中でこう述べています。
「ああといひ、はれといふ、これなり」と。
「ああ」は深い感動や嘆きがこみあげるときの声——現代語の「ああ〜」です。
一方「はれ」は、思わず立ち止まるときの「あれ?」「あれー」に近い感嘆詞です。
この二つが合わさって「あはれ」になりました。
「あ〜」という溢れる感情と、「あれ?」という立ち止まる感覚——その両方を含む言葉だからこそ、喜びにも悲しみにも切なさにも使われたのです。
源氏物語との関係——宣長の発見
「もののあはれ」の概念が生まれたきっかけは、『源氏物語』の研究です。
光源氏をめぐる登場人物たちの繊細な感情表現——愛・嫉妬・悲しみ・哀愁——を丁寧に読み解く中で、宣長はひとつの確信に達します。
「物語の本質は道徳ではなく、人間の感情そのものだ」と。
これが「もののあはれを知る」という概念の誕生でした。
もののあはれの具体例——日常の中に見つける
「もののあはれ」は抽象的な概念ですが、具体例で考えると腑に落ちます。
- 桜が満開になった翌日、風で散り始めるのを見て感じる切なさ
- 子どもが成長して手が離れたとき、ふと胸が痛くなる感覚
- 旅先で見た夕日が忘れられず、帰宅後もじんわり残る余韻
これらはすべて「もののあはれ」の体験です。
なおじが教壇に立っていた頃、国語の授業で『源氏物語』の一節を読み上げると、説明しなくても自然と静まり返る瞬間がありました。
その沈黙こそ、もののあはれが生徒の心に届いた証拠だったのかもしれません。
👉 関連記事:仮名文字文学「土佐日記」「源氏物語」「枕草子」によって、日本の日本らしいものの考え方が深まった
儒教・仏教との違いが宣長の革新性
| 思想 | 文学に求めるもの |
|---|---|
| 儒教 | 道徳的教訓 |
| 仏教 | 無常観・悟り |
| もののあはれ | 純粋な感情・感性の共感 |
宣長の革新性は、「文学は道徳のためにある」という当時の常識を覆し、**「感情そのものが文学の価値だ」**と主張した点にあります。
一方で、この考え方は現代の文学観にも自然につながっています。
本居宣長の功績が現代に問いかけるもの

本居宣長が「すごい」と言われる理由
本居宣長がすごいとされる理由は、大きく3点あります。
①独学に近い環境で学問を体系化した
賀茂真淵との直接指導はわずか一夜です。その後は文通(書簡)のみで師事しながら、独力で44巻を完成させました。現代で言えば、メールのやり取りだけで博士論文を書き上げたようなものです。
②医師・研究者・教育者を同時にこなした
日中は患者を診て、夜は古典研究と弟子への講義——そのような生活を35年間続けました。「フルタイム勤務しながら研究を続けた」という点で、現代のビジネスパーソンにも通じる姿勢があります。
③500人を超える門弟を育てた
全国から学びに来た門弟の数は500人以上ともいわれています。宣長の思想は一地方の学問にとどまらず、日本全国へ広まりました。この広がりが、後の明治維新にも影響を与えることになります。
明治維新・国学運動への影響
本居宣長の思想は、彼の死後に大きな歴史的うねりを生みました。
弟子の平田篤胤がその思想を受け継ぎ発展させ、幕末の尊王攘夷運動・明治維新の精神的基盤の一つとなりました。
また、明治政府が樹立した国家神道の理論的背景にも、宣長の『古事記伝』が深く影響しています。
なおじが歴史を教えながらいつも感じていたのは、「ひとりの学者の問いが、時代をまるごと動かすことがある」という事実でした。
宣長の35年は、その典型例のひとつだと思っています。
一方で、天皇中心主義・神道中心主義への傾向については、現代でも批判的な議論が続いています。
現代社会でもののあはれが持つ意味
現代において「もののあはれ」は、共感力・感受性・他者への思いやりとして再解釈されています。
桜の散り際に切なさを感じる心、夕焼けの美しさに胸を打たれる感覚——それはまさに「もののあはれ」そのものです。
「感情を大切にする」という宣長の姿勢は、効率や合理性が優先されがちな現代社会において、人間らしさの原点として注目されています。
本居宣長 関連書籍・記念館の案内

初心者におすすめの入門書2冊
『古事記伝』原文は全44巻・古文表記のため、初心者にはやや難解です。
そのため、まずは以下の入門書から始めることをおすすめします。
- 小林秀雄『本居宣長』(新潮文庫) 宣長の思想を文学的視点から深く読み解いた名著です。
- 先崎彰容『もののあはれと日本』 「もののあはれ」の現代的意義を丁寧に論じています。
本居宣長の思想を深める読み方のコツ
小林秀雄の『本居宣長』は名著ですが、初読では難解に感じる方も多いです。
そのため、以下の順番で読み進めると理解が深まります。
- まず「宣長の生涯を知る」(本記事や入門書で概要をつかむ)
- 次に「もののあはれを体験する」(古典文学——源氏物語や万葉集を少し読む)
- そのうえで「小林秀雄で思想を深める」
この順番で読むと、小林秀雄の文章の重みが全く変わってきます。
本居宣長記念館で実像に触れる
三重県松阪市には、本居宣長の旧宅「鈴屋(すずのや)」を移築した本居宣長記念館があります。
直筆原稿や愛用品が展示されており、宣長の実像に触れることができます。
たとえば、35年分の筆跡を目の当たりにすると、「継続する力」の意味を改めて考えさせられます。
訪問の際は公式サイトでご確認ください。
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よくある質問(Q&A)
Q1:本居宣長は何をした人ですか?
A:江戸時代の国学者・医師です。日本最古の歴史書『古事記』の注釈書『古事記伝』全44巻を35年かけて完成させました。また「もののあはれ」という文学概念を提唱し、日本人の精神性・文化的アイデンティティを学問として体系化した人物です。
Q2:本居宣長は何文化・何時代の人物ですか?
A:江戸時代後期・化政文化の国学者です。ただし、元禄文化(5代将軍・綱吉の時代)と混同されやすいため注意が必要です。11代将軍・徳川家斉の時代を中心とする化政文化の代表的な学者として位置づけられています。
Q3:もののあはれとはどういう意味ですか?
A:自然や人・出来事に触れたとき、心の奥底からわき上がるしみじみとした深い感動・共感のことです。本居宣長が『源氏物語』研究から導き出した、日本文学の本質を表す概念です。
Q4:古事記伝を完成させた人は誰ですか?
A:本居宣長(もとおりのりなが)です。1764年ごろから執筆を開始し、1798年(寛政10年)に全44巻を完成させました。
Q5:本居宣長の代表作は何ですか?
A:主な代表作は以下の通りです。
- 『古事記伝』(全44巻)——『古事記』の注釈書
- 『源氏物語玉の小櫛』——源氏物語の注釈書
- 『玉勝間』——随筆集
- 『うひ山ぶみ』——国学入門書
筆者紹介|なおじ
元社会科教師35年・なおじとは
公立中学校で社会科を35年間教え、校長(11年)・指導主事(5年)を経て、現在はブログ執筆に専念しています。
「難しい歴史をわかりやすく」をモットーに、元教師の視点から日本史・世界史・政治・文化を発信し続けています。
現在は8つのブログでドラマ・芸能・政治・歴史・スポーツ・旅・学び・書評を書いています。
今回の記事は、「1位表示なのにクリックされない」という状況を打開するために全面リライトしました。本居宣長が何をした人かを「即答できる記事」にすること——それがこのリライトのコンセプトです。
